怪獣の歓迎

「おいリリア・サリス。分かってるだろうな? 始業式なんだからちゃんと出ろよ? 絶対出ろよ? というかもう高校生なんだからイタズラとかするなよ?」
「にゃー分かってるの。じゃあウチ行くね!」
「だからその隠してるの置いてけ!!!!!」
 教師フウガの虚しい叫びをほぼ聞き流しリリアは化学準備室を飛び出していった。
 今日は学園の入学式。まだ見ぬ少年少女たちがこのトラウィス学園での学校生活が開始されるのだ。そしてリリアはこの春高等部へ進学し、その始業式の日でもある。
 フウガに絶対に体育館へ来いと言われたが―――
「もーセンセったらそれじゃ準備した意味ないの」
そう呟きながら体育館とは逆の方へと走っていった。

 一方その頃体育館。
「リリア遅いわね」
「………」
 茶色の髪のリボンを付けた細目の少女はボソリと呟いた。その隣で金髪の少年が本で口元を隠しながら頷く。
「まさかあのザイン先生……」
 冷ややかな目つき。それに少年は慌てたようにフォローを入れる。
「……流石に、そんな事しないぞ」
「冗談です。知ってますよそれ位。レイ君は面白いわね」
 レイと呼ばれた少年は黙り込みしばらく少女を見つめる。その後2人はしばらく天井を見上げる。現在2人は昨日それぞれリリアを見かけた時のことを思い出していた。
「私昨日大きな荷物を運ぶお手伝いしたの」
「………俺は初等部噴水前広場に何か仕込むの、見た」
 しばらく2人の間に沈黙が流れる。顔を見合わせ苦笑を見せながら
「後で探しに行きましょ。きっとザイン先生に怒られて隅っこで悲しんでるでしょうし。慰めてあげなくちゃ」
「……そう、だな……」
 2人はため息をついた。探しに行こうにももう始業式は始まるのだから。

『高等部進学おめでとうございます。学業にしっかりと取り組み………』
 始業式。高等部の生徒会長がスピーチをしている。その傍らでは教師達が並んで待機していた。
 その中には先ほどリリアに釘を刺していた教師フウガの姿もあった。その両隣には黒色の髪の青年と奇妙な機械がいる。
「リリア・サリスが来ていないようだが? 不真面目な生徒がいると苦労するなあフウガ先生よ」  ボソボソと嫌味混じりな言い方で男はフウガを見た。フウガはその言葉を無視している。
「リク、そういう言い方はよくないぞ」
 歯車を軋ませながら機械から音声が発せられる。
「というかアリス、お前も始業式位ロボット経由ではなくちゃんと出席しないか」
 リクと呼ばれた男はアリスと呼んだ機械を手を伸ばし軽く小突く。
「うるせぇめんどくせえんだよ。ちゃんとカメラ通して見てるから安心しろよ」
「この大陸ではロボットは珍しいんだぞ。こっちをジロジロと見られてるだろう。恥ずかしい」
 確かに彼ら3人の方をジロジロと物珍しそうな目で見られている。左半分を前髪で隠す男と奇妙な機械、気にならない人間は少なくないだろう。
「はっはっは。毎年始業式の風物詩じゃないか。新しい学年の奴らから一瞬で覚えられるのはいい事だ」
「そういうことじゃない!」
『グヴェンダル先生、シュタイン先生、静かにしてください』
 2人の言い合いを司会に制止されてしまう。クスクスと笑い声が聞こえる。リクは黒い髪を掻き回し、ため息をつきながら腕を組んで黙り込んだ。
「どうせ俺たちは愉快な仲間たちみたいなもんなんだ。別に多少目立っても変わらねえんだからよ」
「有名なのはフウガとアリスだけではないか」
「おっここで俺に振るのか」
 フウガは今まで閉じていた口を開く。流石に愉快な仲間たちの中心人物認定されることに黙っていることができなかったのだろう。
「メンズ・フォトの人気教師に奇妙な機械の塊だろ?」
「リク、お前も黒魔術師と呼ばれているだろうが」
「あ?何だと引きこもりチビジジィが」
「おっやるのか。売られた喧嘩は買うのが俺だ。あと俺とお前は同い年だろ」
「お前らあんまり騒ぐとまた」
「は?アリス、誰に喧嘩を挑んでいると思ってるんだ。ふざけるなよ」
「いやお前1人で勝てたこと無いよな?」
「やってやろうじゃないか。覚悟するがいい」
「いやだから」
『グヴェンダル先生!シュタイン先生!ザイン先生!あまりうるさいと退室してもらいますよ!!』
 3人はそれから黙り込む。その時だった。爆発したような音が複数体育館外から響き渡る。体育館内がザワつくが、司会が静かにするように注意を呼び掛けている。
 フウガはまさかと一言ボソリと呟きながら飛び出していく。「おいフウガ!」リクの声を無視し、体育館の外に飛び出すと離れた場所で明るい時間だがカラフルな花火が上がっていた。
「初等部方向。そしてこんなことをやらかすアホといえば…………」
 そうボソボソ呟いた次の瞬間その方向に彼は走り出していた。

 初等部噴水前広場。そこには入学式が終わった生徒たちが歩いていた。初々しい制服を身に纏い、これからの学園生活に想いを馳せている。
 その時だった。急に噴水像から爆音が響く。生徒達は驚きながら噴水を見る。そこから華やかな花火が打ちあがっている。
 その真下にいつの間にかブレザーを纏った少女が現れていた。
「よーこそ! トラウィス学園!」
 大きな青い旗を振り上げる。
「ウチはリリア! 皆の先輩なの! うにゃっふー!!!」
 生徒達はそれをポカンとした口で見ている。
「この花火はウチからのお祝い! もっと受け取れー!」
 満面な少女が旗を振る。すると小さな花火が広場の周りに打ちあがる。
『すげー!』
『何のアトラクション? プログラムに書いてたっけ?』
『サプライズだ!』
 小さな少年少女たちは思い思いにリリアを見ながら感嘆の声を漏らしている。
「この学園はとっても楽しいの! これはこのリリアが言ってるんだからホント! そしてみんながやって来た! 私たちにとってももーっと楽しい学園生活が待ってる!」
腕を振り上げ、リリアは声を上げる。
「何があっても笑顔をウチが提供! イタズラは楽しいから! っとひゃあ!?」
「リリアサリスううううう!!!!!」
 リリアの演説中、教師フウガが全力疾走で走っているのが見える。
「やっばセンセ来ちゃった! じゃ、みんな! 怪獣をよろしくなのー!」
 ひょいひょいと軽いジャンプをしながら走り出す。何が起こっていたのだろう。少年少女たちは呆然としている。

その中で3人の子供たちがキラキラとした目でその模様を見つめていた。
「すごーい……」
「あの人がリリア・サリスさん……」
「やべー」
3人は顔を見合わせる。そして考えたことは3人とも一緒らしい。笑顔を浮かべ、その場を走り出していた。

「うふふ……いい写真が撮れた」
初等部噴水広場の物陰でシャッターを切り続ける女性がいた。ピンク色の髪を揺らし、サングラスの奥の朱色の目がキュッと細くなる。
「リリア・サリス。さーて取材よ取材! ようやく接触出来るのね! もうとっても楽しみだわあ」
踵を返し、彼女はその場を離れていく。

「やばーい!!」
 リリアは誰もいない校内を走っていた。後ろからは自分の名前を叫ぶ教師が鬼のような形相で追いかけてきている。
「どこか隠れる場所! 捕まったらセンセの説教正座で2時間!」
 そう叫んだ瞬間彼女は思いっきり横から出てきた2つの手に引っ張り込まれた。

 怒号が過ぎていく。暗がりの教室の隅に彼女はもぐりこんでいる。
「えっと、ありがとう、なの?」
「「にゃー」」
 リリアの目の前には彼女を引っ張り込んだ人間が2人。片方は灰褐色の肌の青年。もう片方は黒色の長い髪をふわりと揺らす人。
 2人とも笑顔を浮かべリリアの手を取りブンブンと上下に振る。
「はじめましてっ」
「おはつだぞ!」
「うん! あなたたちには初めて会うの!」
目の前の2人は猫のようなポーズを見せている。それにつられリリアも腕を上げる。
「俺はラト! らっちって呼んでくれ!」
「私はナイアだ! なーちゃんと呼んでね!」
「なーちゃんとらっちー?」
2人は満面な笑みで頷いた。またそれに釣られてリリアも笑顔で頷いた。

これは始まり。新たな日常の物語へ誘う者たちとの出会い。


最終加筆修正:8/4