「リリア・サリス待て!! 最後まで話を聞け!!」
「怖いセンセに待てって言われても待ちたくないのー!!!」
放課後。授業が終わり、夜寝るまで何しようかと生徒たちは考えている。しかし今日もリリアはフウガに追いかけられていた。
廊下を歩く生徒たちの間を縫い、軽やかに走り抜ける。今日はイタズラが原因ではなく居眠りの多さの説教を途中から逃げ出したこと。
高等部の校舎を抜け、校庭を抜け。部室棟を抜けていく。未だにフウガは追いかけてくる。いつもより気合いが入っているのだろう。コーヒーを飲んだ後だからかな? くだらないことをリリアは考えながら廊下の角を曲がろうとする。
しかし勢いよく何かとぶつかり倒れてしまった。
「いたた……」
「大丈夫?」
リリアは顔を上げると目の前には1人の青年が同じように倒れ、起き上がりながらリリアに手を差し伸べた。
優しく笑みを浮かべ、リリアの身体を起こす。
「あ、ありがと!」
「どういたしまして」
クスクスと笑っている。穏やかな素振り。快活なリリアと正反対な雰囲気を醸し出していた。この男は教師だろうか。いや、自分と同じブレザーを着ていることから同じ高等部の学生なのだろう。
そうぼんやり考えながらその青年を見つめているとその時が止まったようなひと時はすぐに叫び声によって動かされる。
「リリア!!」
「!? しまった!」
フウガの叫び声が聞こえる。リリアは慌てて物陰に隠れる。
「ひ、秘密にしておいてほしいの!」
青年は首をかしげる。そして少女の方を一瞬目を向け、笑顔を見せた。
「フウガ先生!」
「ああ、シュタインジュニアか。どうした」
「ジュニアだなんて……そんな呼び方やめてくださいよ」
「はははっ冗談だ」
リリアは死角からその2人の会話を見ている。凄く仲がいいようだ。さっきまで怒っていたのは何だったのだろうか。リリアは少し頬を膨らます。
「それよりどうしたんです? 先ほどまでいつもより一層機嫌が悪そうでしたが」
「今の失言は聞き流しておいてやるからな。じゃなかった。リリア……いや赤髪アホ毛ブレザー女見なかったか?」
今までにない悪意溢れる言葉にリリアは飛び出そうとするが、ぐっと堪える。
「赤い髪の女の子ですか? さあ?」
「うーむこっちの方に飛び込んでいったんだがなあ」
頭をポリポリ掻きながらため息をつく。
「見つけたら連れて行きましょうか?」
「あぁ。頼んだよ。ヴィクト」
そう言いながらフウガはヴィクトと呼んだ青年の頭をぐしゃりと撫でる。
「や、やめてください。そんなことしたら」
「おっとそうだった。アリスによろしく言っといてくれよな」
「はい」
フウガはそう一言だけ発し、その場から去っていく。
「はい、もう大丈夫だよ?」
ヴィクトはリリアの方に笑いかける。リリアは物陰から顔を出す。
「あ、ありがとうなの」
「どういたしまして。君は……」
「り、リリア・サリス!」
気が付いたら緊張して声が裏返ってしまっている。それに気が付いたリリアは顔を真っ赤にして腕を大きく振った。
「リリア……いい名前だね」
「にゃ、いい、いいなままま……」
「うん。僕はヴィクト。さっきフウガ先生が呼んでたの聞いたと思うけど」
そう言いながら握手をしたいのだろう、手を差し伸べてくる。リリアは顔を赤らめながらその手を握りブンブンと勢い良く振る。すると
「あ」
「にゃ……」
ポロリ、ヴィクトの手がすっぽり抜けてリリアの手に残される。
「にゃあああ!?」
リリアはわたわたと泣きそうな顔を浮かべヴィクトを見る。しかしヴィクトは全く動じず、片方の手でリリアの手に残されていた自分の手を回収する。
そして鼻歌を歌いながらその手を袖に通し、少し撫でた。するとすぐにその手が自由に彼の元で動き出す。
「種も仕掛けもない手品だよ」
「え? ……え?」
リリアは目を点にして彼の手を見る。まるで先程起こったのが嘘のように何事もなく動いている。
「僕は手品が得意なんだ。君がイタズラするのが好きなみたいにね」
青年はクスリと笑った。
「リリ!! 心配したのよ!」
「……大丈夫か?」
ヴィクトと別れ、いつもの教室に戻ってくるとリンとレイが心配しながら近づいてきた。
「うん!! 大丈夫!」
リリアはその問いに満面の笑みで浮かべた。
「ヴィクトさんが助けてくれたの!」
「「……ヴィクト?」」
顔を赤らめながらリリアは頷く。
「すっごくドキドキするほどカッコイイ人だったよ! これって恋だよね!!」
「こ、こい?」
「リリア、お前そんな難しい単語を」
「もーレイ! 流石にウチをバカにしすぎだよー!」
リリアが腕を振り上げ怒りのポーズを見せる。その時扉が蹴り開けられる。メモ帳とペンを持ったサナエだった。
「ご飯が美味しいネタがあると聞いたわよ貴方たち!」
「部長ー直すのボクなんだから蹴り開けないでくださいよお!」
その後ろからルゥが泣きそうな顔して顔を出す。倒された扉を必死に支え上げている。
「リリ、あなたさっき会った青年は有名人よ? 知らないの?」
「えーっとマジシャン?」
リリアの回答に周りの4人が転ぶ。ルゥはため息をつく。
「これボクでも知ってる人ですよリリアさん……」
「……リリア、始業式とかに基本的に参加しないから知らないよな」
「そうねえ。冊子とかも読まないでしょうし」
「まあ私はそんなリリも好きよ?」
「むーみんな揃ってウチをバカにしてるー!」
リリアは4人のそれぞれの反応に腕をブンブンと回し頬を膨らます。
「まあリリの反応見て遊ぶのはそろそろ終わりにして。リリ、あの人は高等部の生徒会長よ」
「生徒、会長……? あ!! 掲示板で写真見たような気がするの!!」
リリアが手をポンとたたく。流石に言われたから思い出したのであろう。
「あー確かリリアさん前に掲示板に落書き貼ってましたもんね」
「……流石に見たことはあったか」
「それで? リリはもしかして恋しちゃった? 一目惚れ? 初恋かしらぁ?」
サナはリリを小突く。
「えへへー凄く憧れる人だよー。でも初恋ではないよ! もっと前に好きになった人はいるし」
『!?』
リンとレイがリリアの言葉にビクッと跳ね上がり、動揺する素振りを見せる。サナエはその反応をケラケラと笑っている。
「へえそうなんだ。ほらお姉さんにコイバナ詳しく聞かせなさいよー」
「もーつまんないかもしれないよそんなのー」
リリアとサナエは2人ニヤニヤ笑い小突きあっている。リンはその2人の間に座る。
「そうね。リリの話、私も聞きたいわ」
「リンまで!? うーん学園に来る前の話だよ? 知らない人の話しても本当に面白くないってば」
リリアは不安そうな目でリンを見る。それにリンはいつものように笑顔を見せて言う。
「リリの話は色々聞いてみたい。絶対面白いわ」
「そうだそうだ。これもリリの行動原理にかかってるかもしれないかねえ」
サナエもそれに同調する。
「部長にもそういう話が聞きたくなるとか女性らしい思考持ってたんですね……」
「そこ、聞こえてるわよ。扉直しなさい」
「はーい」
聞こえないように小さな声で言ったのになあとブツブツ呟きながら倒れた扉に手をかける。それをレイも後ろから支えてあげる。
「レ、れれれレイサン!?」
「……俺も手伝う。女の子にこんな負担をかけれない」
「あ、ああああありがととととございます……」
ルゥは顔を真っ赤にし、どんどん消えていくような声で言う。
「リリアさんの話、気にならないんですか?」
「……教室から出るわけじゃない。充分に聞こえる」
「やっぱ気になるんだあ……」
ルゥはガクンと肩を落とす。
「? 何か言ったか?」
「い、いえ何でもないです! 扉、元に戻しましょう! ね!」
「ああ」
ルゥのたどたどしい言葉にレイはニッコリと笑う。
「ただいま戻りました。父さん」
「父さん言うな寒気がする」
古びた校舎の廊下を歩き、ある扉を叩くと階段が現れる。その階段を下るとそこには研究室があった。部屋中に青い光が浮かぶ箱のような機械に囲まれ、その中心にはバサバサな赤色の髪をガシガシ掻きながら顔を上げる男が1人いる。
ヴィクトは笑顔を浮かべ、その男の隣に座る。
「リリア・サリスちゃんとお話しました。アリス先生」
「へぇ珍しいじゃん。フウガは絶対会わせようとしないだろうし」
アリスと呼ばれた男はニィっと笑いヴィクトを見た。ヴィクトは言葉を続ける。
「可愛らしい子なんですね。楽しかったです」
「そうか。お前が楽しいって言うのはえらく珍しいじゃないか」
「あはは。手厳しい」
ヴィクトは目の前の機械のキーボードを叩く。そして写真が付いた資料を開いた。そこにはリリアについてのレポートが書かれている。
「大方この通りの子だったよ。まあこれ以上の情報は得られなかったけど」
「いやそれはいい。一度接触出来たのならまたゆっくり調べたらいい」
アリスは目を見開きヒヒヒと笑う。青色の光が彼の笑みを不気味に見せる。
「ようやく本格的な『ゲーム』がスタートって事だ。楽しみだと思わないか? ヴィクト」
「父さんが楽しいなら、僕は幸せだよ」
ヴィクトは自分の首筋をなぞる。継接ぎのような傷の痕を愛しく撫でクスリと嗤った。