あの子の日常を【物語】というのなら、俺の日常も一種の物語となっているとそう1人煙草をふかしながら考えることがある。
「ひゃっほーフウガ来たぞー!」
「ふん、仕方なく来てやったぞ不動のバロン・フォト1位」
「はっはっはバロン・フォト3位のリク、嫌なら帰ってもいいんだぜ?」
「ここまで来たなら飲み屋の方が近いのでな」
「フウガ様いつもありがとうございます。久々にお酒を飲めると聞いたので【ワタクシ】達の代表としてやってまいりました」
「お前らは相変わらず賑やかだな」
ある日の晩。俺は夕方に新聞部のサナエが満面の笑顔で女性向け校内雑誌バロン・フォトの人気投票1位記念だと食事券を貰ったのでいつものように科学教師アリスの本体、アリス作成のメイドロボシェリー、そして捻くれた数学教師リクを誘い行きつけの飲み屋で束の間の休息を味わうこととした。
ちなみにこの食事券を使う夜はバロン・フォトの読者&編集者なお嬢様方には撮影観察禁止との協定を結んでいる。雑誌メンバーである文芸部、写真部、新聞部はどこに潜んでいるんだろうと思うが考えることはだいぶ前にやめているからだ。
まあ偶然居合わせたから見てしまうのは仕方がないと割り切っている。流石に誰にも会わず店に行くことは不可能だ。
「いやぁ大人気ですなあフウガ先生や」
「やはり視線が気になるというものだ」
「本当にワタクシっていちゃいけないメンバーでしょうねぇ」
「ほっとけ」
補足すると毎回リクは2位か3位、アリスは10位以内に入っている。リクは兎も角滅多に本人の姿を見ることがないアリスまで人気なのは不思議なものだ。
毎回本自体は貰っているのでチラ見しているが写真ページは写ってないし。それ以外のページは聞かない方がいいだろう。俺はもう慣れたが多分リクは泡を吹いて倒れる事が予想される。
前の月の連載ページによりランキングが変動するとだけ言っておこう。よく思いつくもんだ。
「ほれ俺達の疲れにかんぱーい」
『かんぱい』
いつもの飲み屋の個室に案内され俺達は持ってきてもらったグラスを持ち乾杯の音頭をとる。大体俺がやらされるのだが今回はアリスの気分だそうな。
グラスに入ったものはそれぞれ好みが違う。アリスは麦酒、リクはブランデー、シェリーはリキュールが好きだそうな。俺は故郷でよく飲んでいた蒸留酒をいただいている。
「いやぁ不動の1位さんや今回の勝利の秘密を教えてくださいっスよぉ」
「うん? 多分図書室で撮られた奴だと思うぞ。はっはっは」
「貴様よくあの雑誌が読めるな。俺にはちんぷんかんぷんで何を書いているか理解が出来ない」
「リク様は分からなくてもいいかもしれませんね。理解したら絶対に発狂死します」
「ふむそれはそうかもしれんな」
酒をチビリチビリと飲みながら睨むような黒髪野郎の目をそらし俺とシェリーは笑う。アリスはそれをギャハハと笑いながら呑む。
そしてアリスはポロッとこぼしてしまったのだ。悪気はない。多分。
「いやぁ大学時代を思い出しますなー。いつも一緒にいたしな。1人足りねえけど」
「っ!」
リクはその言葉を聞いて一気に手に持った酒を飲みほす。アリスは「やっべ」とペロリと舌を出しながら言葉を漏らす。早速面倒になってしまった。
「お前は……お前はなあ桐生フウガぁ! 貴様のせいだ。貴様のせいであの人はなぁあ!」
「あーいきなり叫ぶな店の迷惑だろ? あと俺はフウガ・ザインと呼んでくれって言ってるだろ。いや俺が悪かったからさ。ほら座れ座れ」
「うるさいうるさい! お前だけ呑気に生き残りやがって! なぜ……何であの人が死なないといけなかったんだこの泥棒猫!」
「いや意味わかんねえっての」
「はーまた始まったか……」
「始まりましたねえフウガ様」
リクは俺の事を恨んでいる。理由に心当たりはある。確かにその件は俺が悪い。だから強く言い返す事も出来ない。
「はいはいリク様落ち着いてくださいねー」
「シェリー止めるな! 5人で揃うと言っても2人足りないんだよわかるよなァアリス!」
「うるせー! 俺だって気にしてるんだよバーカ!!」
「ま、まあまあアリスも落ち着けな、ほらリクも明日に支障出るぞ」
「はわわわわ……これはファイトの予感ですね……」
「シェリーも飲みながら観戦するな。ほらあの……」
にぎやかすぎて頭が痛む。仕方がない。芋焼酎を一気に飲む。
「リク。あまり俺を怒らせない方がいい。エメルを呼ぶぞ」
思ったより低い声が出たがこれが彼に一番効果がある言葉だ。即顔色が真っ青になったリクの姿が。
「やめろ、呼ぶんじゃない。俺を貶めて何が楽しい!」
「俺の事が嫌いならお前の事が好きな人をゲストとして呼ぶのが普通ではないか?」
「その理屈はおかしいぞ。お前知ってるだろ? 俺は! あの女が! この世界で一番嫌いだと。なのに貴様は俺をまた裏切るのか」
「裏切るって……ライバルじゃなかったのか? 俺達」
リクはエメル、エメリア・ルーンという女教師と思われる人が嫌いらしい。独占欲が強く俺もリクと話しているとよく威嚇されるので辟易しているのだが。まあ彼女は彼が呼んだ存在であり直後惚れられてしまっているのだから完全に自業自得であることも補完しておこう。
「そうだ。そうだが敵の敵は味方と思わないか?」
「へっへ、フウガにとっちゃあの姐さんは敵でも味方でもねえって」
「そこ黙ってろ」
「まあ確かにお前との関係を誤解されていて迷惑しているがなぁ」
学園の女性達はリクという人間は冷徹クールな怖い先生、という印象だが俺やアリスからすると正反対な感想を持っている。というか学生時代より悪化している。
「リク、今夜は……どうする?」
「泊めてくれ……酒で酔ってまともな抵抗も出来ない状態で襲われる……」
生徒達よ。これが君たちの憧れるクールな教師だ。
「フウガ様!」
「どうした? シェリー」
キラキラとした表情。そして傍には酒瓶。嫌な予感がする。
「どっちがたくさん飲めるかまた競争しましょう!」
「ぁ!? やだよ」
シェリーとの飲み比べ。嫌な経験しかない。そうかつて酔いに酔った俺はシェリーに1つの競争を持ちかけた。
どちらがたくさんの酒を飲めるかの飲み比べ。あの時の俺は意気揚々に挑んだのだ。俺は酒に強い方だと自覚しているから勝てると思っていた。彼女が機械のため酒に酔うという機能が存在しないと言う事を忘却して。
学生時代の感覚で挑んだ俺は呆気なく撃沈。あの時のえげつない罰ゲームを俺は忘れることが出来ない。
「えぇー飲ーみーまーしょーよー」
「アリスと競争してろ。明日も仕事なんだよ俺は」
「休日じゃないですか」
「理事から呼ばれてんだよ。はぁ……」
そう、明日は朝から理事達に呼ばれているのだ。休日位休ませてほしいのだが文句言っても仕方がない事位分かっている。それに対しての彼らの反応も分かり切っているもので。
「……フウガはいつも大変だなぁ」
「まあこの男がいるから俺達はのんびりと休めるのだ」
「ほらそれなら今日は自分の寝床に」
「泊めろ」
「俺も泊めてー川の字で寝ようぜ!」
「ワタクシは明日お迎えに来ますね」
勝手な奴らだ。昔から変わらない。そういえば大学の時も当時飲めなかった俺の家で泊まっていたことを思い出す。
「……変な気を使うなシェリー。ったくアリスもリクも見習え。まあちゃんと部屋は掃除しておいたから問題はない」
「フウガ先生分かってるぅ!」
「今夜は平和な休息が約束された……神に感謝……」
「ったくお前らはなぁ」
コイツらがどう思っているかは知らないが俺はコイツらが好きだ。いや深い意味はない。俺、リク、アリス、シェリー、そしてあの人とまた5人で集まれたら、それは俺も考えている。
一度失ったものは戻ってこない、しかしアリスは取り戻そうと努力している。リクは俺を恨み続けているだけでもない。
俺も俺で頑張らないとな。すまないがもう少しだけ利用されていて欲しい。
その後多量の酒を飲み2人を連れ俺の家でまた飲んで眠りについた。とくに何も起こっていないと思う。自信はないが2人共何も言ってないので何も無かっただろう。
朝、2日酔いの2人が俺の家の前でスタンバイしていたシェリーに連れられ学校の敷地を踏んだ戻った瞬間、周囲の視線が痛かったのは言うまでもない。